■【地域イベント】'09年度も広島市可部地区の初夏の風物詩「高松山大文字まつり」に、まちづくり市民グループが山麓の根谷川両岸土手に手製灯りを並べて「灯りまつり」を“勝手連”で開催(可部カラスの会)
◆かつての鋳物の町・可部に289年間連綿と続く高松山大文字まつりは、火災予防のため京都から「鎮火の神」を勧請したことが由来('08年度の灯りまつりブログを一部修正の上再掲)
私が現在住んでいる可部の町では、根谷川の傍にそびえる高松山(339m)の高松神社の例祭で、頂上近くの南斜面へ「大」の文字が夜空に浮かぶ献灯神事「高松山大文字まつり」が、初夏を告げる年中行事となっています。
そもそも高松山大文字の由来は、「享保5年(1720年)の大火で、可部の市街地を広く焼失した。 そこで、京都へ使いを出して鎮火の神・愛宕山神社の分霊を受け、高松山山頂付近へ愛宕神社(高松神社、高松権現ともいう)を勧請した。
京都の大文字に倣って、神社下の松から松へ108のちょうちんを付け、ローソクに点火し、大の字の献灯を始めたという」と伝えられています(出典:『可部町史』ほか)。
高松山大文字まつりは、当初の提灯を用いた献灯から火災予防などの理由で、1960年代半ばから電灯に切り替えられました。 恒例5月最終土・日開催のまつりの2日間、高松山大文字保存会のメンバーが午後7時に75個の電球を一斉に点灯すると、高松山山頂付近に縦80m、横45mの「大」の字が夜空に浮かび上がります。
しかし、可部の初夏を告げる高松山大文字まつりも、今では参集者が少なくなっています。
近年、催事は初日午後に山麓の神社での福引と山頂の福引、2日目午後に山麓の神社での餅まき、福引(今年の場合)だけです。
周辺の地元商店も土、日はほとんど休業し、露店も数軒だけ出店と少なくなりました。
そこで、まちづくり市民グループ「可部カラスの会」(私もスタッフの一員)では、3年前から高松山大文字まつりに併せて、初日の夜に高松山山麓の根ノ谷川両岸土手に、ローソク立てを各108基(実際は賛同する住民からの持ち込みもあり数量は年々増えている)を並べてローソクを灯して、“勝手連”的に「灯りまつり」を開催し大文字まつりの魅力づくりを図ろうとしています。
◆’09年度灯りまつり開催の結果報告
今年は5月30日(土)夜に開催予定でしたが、当日夕方の土砂降り降雨のため31日(日)に延期しました。
初日(30日)はせっかく早くから準備したローソク台及びローソクを、夕方の降雨でびしょ濡れにしてしまいました。
途中で雨が止んでもローソクの芯が濡れて火が着かず、やむなく中止して翌31日に延期しました。
31日は幸い天候も回復し、夕暮れともなると家族連れやグループが、三々五々根ノ谷川両岸土手へ繰り出して、夕闇の両岸土手に点々と連なるローソクの灯りとその後方にそびえる高松山山頂に輝く「大文字」の灯りのコントラストに見入っていました。
年々「灯りまつり」への賛同者が増えてきて、200本以上のローソークの着火時にグループで着火に協力していただいたり、あるいはローソク台(ペットボトルを風防型容器に改造やガラス容器)の側面へ絵やメッセージを記入して持参される家族連れなど、さまざまな協力をしていただいています。
今年も、主催する可部カラスの会のユニフォーム(会名入り作務衣)を着て会場内を回っていますと、
・ 「昨夜は降雨で中止になり大変でしたね」
・ 「最近、町内に越してきたので、今夜初めて見に来ました」
・ 「2年前にローソク台(ガラス容器)側面に家族でメッセージを書いたので、今年もその容器へ対面に来ました」
・ 「山頂の大文字の灯は遠くからでも見えますが、灯りまつりの灯は川岸に来なければ見えないのでやって来ました」
など、大勢の皆さんから声をかけていただきました。
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《季節の花の俳句》【サツキツツジ】(ツツジ科)
満開のさつき水面に照るごとし 杉田 久女
〔NHK花言葉〕協力が得られる
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